ジャックは31歳からロンドン支店を父から任されます。ジャックは、アメリカから遠く離れた地で暮らすことを望んではいませんでしたが、一時的な赴任であるということでロンドン勤務を渋々受け入れ、妻となったジェシーと渡英します。
彼はアメリカでのUSスチール社の創設やノーザン・パシフィック株買占めなどのニューヨークのめざましい事態の展開をはるか遠くのロンドンから、漠然たるあこがれを持って注視していました。父のいるウォールストリート23番地ではあらゆることが躍動して回っているのに、自分のいるロンドンのオールド・ブロードストリート22番地では極めて底深い沈黙が支配していて、自分の運命との出会いが、いつまでも先へ先へと先送りされるようなもどかしさを感じていたのかもしれません。何よりも耐えがたかったのは、父ピアポントが寵愛の眼を若く容姿端麗なアシスタント・パートナーのロバート・ベーコンに向け始めたのを黙視しなければならない事でした。
最初の話では、ジャックのロンドン勤務は一時的な予定でしたが、J・S・モルガン商会内の人事問題の是正に手間取って1905年までロンドンにいることになり、それが父ピアポントから疎まれているという考えに思い悩みます。また、ウォール街での商売上の取引き話からも締め出されていたから、USスチール設立の一件なども新聞を読んで知る始末だったのです。
ピアポントはジャックを愛してはいましたが、覇気が欠けていて、頼りなさが増すばかりだと感じていました。自分も抱える仕事で手一杯すぎて、息子のことなどに関わっている暇がなかったのです。ピアポントの水星とジャックの太陽は135度をつくり、父と子のコミュニケーションや考え方に閉塞感をもたらします。また、ジャックの天秤座火星は、ピアポントの牡羊座金星・冥王星に強く憧れながらも、乙女座太陽から見れば恐ろしく異質なものとして映ったのでしょう。それでも、親子にはよく見られる新月の配置があり、懐の奥ではお互いを信頼しあっていることが伺えます。

ジャックにとってロンドンですごした何年かは、貴族の紳士淑女と親しく交わり、引き立てられたよき時代でした。商業銀行を創立した名家の出身者と多数知り合ったり、近所づき合いの相手としては、グレー伯爵、フロレンス・ナイチンゲールがいたし、ときおり夕食会に招く賓客には、ラドヤード・キップリング、マーク・トウェインらの作家がいました。
ジェシーとジャックの夫婦は、しばしば子供たちが入り込む余地がないほどぴったり一心同体となって毎日を送っていました。妻のジェシーは、ジャックの財産をてきぱきと能率よく管理しただけでなく、夫を動かし、助言し、精神的に支えました。ジャックはジャックで、冷たくなった両親の間柄を見てきただけに、モルガン家の伝統だった女遊びなどは決してしませんでした。
ジャックのロンドン勤務は、モルガン財閥に計り知れない利点をもたらします。堅実な事業を継続し、当時のアメリカ人実業家たちにほとんど閉ざされていた英国の社交界に受け入れられます。ジャックの天秤座の火星は太陽・土星と調和した小三角を持ち、知らず知らずのうちにモルガン家が英国の貴族や政治家の社会へ出入りするための、またとない人脈を築いていきます。父が不在の時には問題を巧みに処理する能力を持ちながら、少年時代から自分が金融帝国を統率していくだけの力があるのかどうか、彼はいつも不安でした。ストレスから健康を害することもあり、そのため彼は銀行の日常業務を預けられる強力な側近を欲しがり、自分は方針を決めるだけで権限を下に委譲する、立憲君主のような役割を求めました。
父ピアポントは、ジャックのことをいつも自信なさげで頼りげの無い息子と見ていましたが、プジョー小委員会での厳しい審問の後、新しい時代にはむしろ自分よりうまくやっていけるかもしれないと考え、亡くなる少し前、エジプト旅行中の病床でジャックに事業の全権委任をします。ピアポントの土星とジャックの土星は同じ蠍座中央にあり、土星は約28年周期の天体ですから、ワインを熟成するように、時間をかけてモルガン家の責任と使命を受け継いでいくことを意味します。
ピアポント・モルガンの死後、モルガン財閥は、前よりも一個人による専制色、個人銀行色が薄れることになります。ジャック・モルガンが名目上の最高責任者にとどまったものの、実権は数人のパートナーに分散されました。そして新しいドル外交の時代に入っても、同財閥の影響力は衰えることはありませんでした。むしろ、国内の足かせを脱して世界的な一大金融勢力となり、各国の中央銀行や政府と金融主導権を分かち合い、パートナーシップでは考えられないほどの収益をあげました。ピアポントの亡くなった1913年当時に誰も予想できなかったのは、かつてピアポントに気圧され、片隅で小さくなっていた内気なジャックが、父の時代以上の影響力を持つ巨大金融機関を率いる人物へと成長したことでした。
参考資料:[モルガン家 金融帝国の盛衰㊤] ロン・チャーナウ 著