ウォール街の海賊と呼ばれたジョン・ピアポント・モルガン。今回は彼の幼少期を月から読み解いてゆきます。ピアポントの月は乙女座の7ハウスにあります。
ピアポントは幼いころから絶えず病気にかかっており、ハイスクール在学中は急性関節リウマチを患い、1年の療養ののち、後遺症で片足が短くなっています。その後も常に頭痛、身体の慢性的な痛み、湿疹、皮膚炎等の症状に悩まされ、毎月何日かは病床に伏すのが習慣となっていきます。そして身体の不調は心にも影響しますから、若者らしく元気いっぱいの時もあれば、怒りっぽく突然気の変わる躁鬱の傾向も持ち合わせていました。
乙女座はリスク管理や健康管理・医療にも関係するサインですが、彼の月は対人関係の場所の中に隠された小部屋にひっそりと治まっています。そして冥王星・土星という重い天体からの干渉を受けます。土星とは協調しているので、几帳面にコツコツと業務や生活をまわしますが、水星からも閉塞感をもたらす配置になっているため、過大なストレスから時々月が破綻してしまいます。それは太陽や金星の牡羊天体が金融界の海賊としてその影響力をふるっても、心はそんな大それたことには関わりたくないと部屋の奥へ奥へと隠れている傷ついた少女のようです。表向きは早熟でゆったりと構えていましたが、若いころから年齢の割に悩みが絶えず、ピアポントは大きな事業的成功を成し遂げても、とてつもない責任を一人で背負い込んではそれでまた苦しむのが常でした。その後の一生を通じて、彼は平穏な生活を渇望しながらも、いつもそれをつかまえられなかったのです。そしてリスクを恐れるあまり同僚や部下に大事な仕事を明け渡すことが出来ず、過重労働でたびたび神経衰弱に陥りそうになり、そのたびに仕事から脱出したいと強く渇望し、引退を考えますがそれが実現することはありませんでした。自身の使命を持った太陽や冥王星がそれを許さなかったのです。

占星術において月は母や妻を表しますが、ピアポントの母についての記録は多くありません。19世紀頃の記述にはよくあることですが、男性が圧倒的に優位だった時代なので、誰が事業を継ぎ経営したのか、資産を作ったのか、という事がメインであり母親に関するものが残っていないのが実情です。そこで今回は、彼の月を映し出した二人の妻を見てみましょう。
1861年、24歳になった彼は2年来の知り合いだった病弱な少女、アミーリア・スタージェス嬢とドラマチックな恋の末に彼女の両親の家の客間で結婚式を挙げます。ミミことアミーリアは肺病の末期だったので、挙式の間中ずっとピアポントが脇から支えないと立っていられないほどで、式が終わると待たせてあった馬車まで花嫁を抱いて運びました。二人の新婚旅行は、ピアポントがミミを抱きかかえたりおぶったりして、温暖な地中海沿岸を転々としました。4ヶ月後にミミがニースで亡くなったときピアポントは悲しみに沈み、彼女に対する愛情はその後も決して消えることがありませんでした。彼がのちに初めて買った油絵は、臨終の床にある若い女性を描いたもので、暖炉の炉棚の上の大事な場所に掲げています。

ミミと結婚した1861年10月7日の三重円では、ピアポント進行の金星・太陽合に対して進行火星が90度で対立、さらにトランジットの冥王星が進行の月にこれも90度で対立しています。12ハウスや8ハウスには死や夢、カルマなどの意味があるのですが、月の対角には12ハウス海王星もあり、最愛の恋人と結ばれたけれど、それはその先にある死を意識した結婚という意味合いが強まります。
1度目の初々しく情熱のある結婚に比べ、2度目の結婚は父の勧めを受けてのものでした。ピアポントにとっては社会的立場を重んじた形式的なものになり、再婚した妻ファニーとは4人の子供に恵まれましたが、彼はマーチャント・バンカーとして顧客と交際を深めなければならなかったので、ピアポントの毎日の仕事には当然、交際や接待がつきもので、絶えず騒がしい夕食会や社交活動に追われていました。こうした仕事上の無理のしわ寄せが結婚生活に現れてきましたが、夫婦の間はそれ以前にすでに冷たく形骸化し始めていました。ファニーは非常に内気な人で、マーチャント・バンカーの妻の義務である社交的な務めを果たす気がまったくなく、むしろ家庭内で読書を楽しんだり親しい人々とおしゃべりするのが好きで、にらみつけるような鋭い目のピアポントよりもずっと子供たちや孫たちに人気がありました。二人とも傷つきやすい性格で、いつも神経が張り詰めていてふさぎ込みすぎるたちだったので、お互いに慰め合う余地がたいしてありませんでした。ファニーは憂うつ癖に落ち込んだ夫を元気づけなかったし、ピアポントも仕事が忙しすぎて妻を顧みる暇がありません。夫婦としてはお互い共感するようなものが少なく、晩年は長く別居状態にありました。

占星術では150度・150度・60度で形成される三角形を「神の手(YOD)」と呼ぶことがあります。ファニーの生まれた時間は分かりませんが、お昼ごろの生まれだとちょうどピアポントの天王星の対角にファニーの月が来て、ファニー自身の火星・天王星の60度で「神の手」という三角形を形成します。この150度・150度・60度は鋭角にくる天体が対角にある二つの天体のために働き、地上における使命を示唆するもののひとつとして考えられています。ピアポントも冥王星を鋭角に土星・月の三角形を持っていますが、ピアポントが私生活を犠牲にし自分の心を押し殺し、その時代の金融システムを生み出したのがこの「神の手」だとすれば、ファニーはその改革を支えるために金融システムに革命をもたらす夫と家庭を支える妻の役割が「神の手」だったのかもしれません。そしてその生み出された力は息子のジュニアに引き継がれます。
天王星という天体は家庭的な情愛などに縁が薄く、月が関与するとどうしても月を表す側の人間が突き放される傾向が出てしまいます。牡牛座の太陽に乙女座の月を持つファニーが、忙しく理解のない夫から距離を置き自分の世界に籠るのはチャートから見ても自然な流れだったでしょう。
病死したミミや家庭で幸せな妻にはなれなかったファニーは、幼少期から健康問題に悩まされストレスの多かったピアポント自身の月でもあります。月はどんなコンディションであってもその人の原点です。その人にとって最も慣れ親しんだ感情のパターンであり、安らぎであり、無意識にそれを人生において再現しようとします。
あなたの月はどんな月ですか?どんなことに安らぎを感じますか?
参考資料:[モルガン家 金融帝国の盛衰㊤] ロン・チャ―ナウ 著